情報漏えいとか敏感になるのはなぜか?
書き書きする原動力は「ストレス」にありw
なんだかイライラしている時は、ダラダラ書きたくなる。オレのストレス解消法w
Google+に書いていたら話がダラダラと長くなってしまったので、Bloggerに書くことにする。
それにより「損失」が発生すると考えるからだ。
なぜ情報が「お金」に変わるのか?
情報が「資本」に変わるのはどんな時だろう?
オレには価値がない。オレの吐き出す情報にも価値がない。オレのお金はどっかの口座にある現金のみだ。オレが守らなければならないのはこの口座と
リアルに持つ物的資産(家、家具等)は空き巣に気をつければいい。
口座から抜き出されたり、空き巣の危険が伴う情報が漏洩される恐れが怖いのだろう。
不当な窃盗に対処する基盤があれば情報漏洩も怖くはなくなる。
あとは人格の救済だ。愚かな人間の愚かな行為を守ることも必要だろう。
個人の情報漏えいはこの2点にて守られる。
企業組織の利益、資産は個人の情報漏えい対策によって、
個人を守ることが出来ていれば、
必然的に企業組織も守られるのではないだろうか?
情報漏えい対策が個人のスキルを守ることができるのであれば・・・・
個人のスキルは一人では得られない。
個人のスキルは一人では得られない。
結局、なにかの組織から学ばなければ、スキルは身につかない。
その組織が秘密組織ならおそらく自然淘汰されるだろう。
組織メンバーがいなくなり、伝統の継承はできないという状況が発生する。
そんなことが起きないように個人はスキルを公開し始める。
オープンソースや国際標準仕様を定めることは自然淘汰されないためにスキルを守ることだ。
情報漏えいの話はどこへ行ったのだと思う。
情報を開示しなければ、スキルを守ることができないことが伺える。
スキルは漏洩しても減らない。
情報漏えいの話はどこへ行ったのだと思う。
情報を開示しなければ、スキルを守ることができないことが伺える。
スキルは漏洩しても減らない。
スキルが漏洩すると「悪用」されかねない。
悪用するのはどんな時か?どんな個人が悪用するのか?どんな組織が悪用するのか?
社会から隔離され、誰からも守られないと感じた時、すべてを破壊しようとするのではないだろうか?
社会が下す「死刑宣告」が「悪」を作るのではないだろうか?
お金は漏洩すると減ってしまう。
不当に漏洩されても「減らない」のならば
物を失っても「復活」するのであれば
メモリーアルバムを燃やされたら復活しないからクラウドへ保存しておこうという考え方が生まれる。
不当に漏洩されても「減らない」のならば
物を失っても「復活」するのであれば
メモリーアルバムを燃やされたら復活しないからクラウドへ保存しておこうという考え方が生まれる。
大切なモノを一箇所に保存しない。バックアップの心得が必要になる。
バックアップが複数あると、最新を見失う。
人はバージョン管理したくなるだろう。
一箇所盗まれてなくなっても別のバックアップから復活する環境を自然と欲することになる。
実際に窃盗にあったら、同じ物が再び送られてくればいい。
10万円のバックが窃盗にあったら、10万円のバックがまた手元に戻ればいい。
犯人から取り返すか、はたまた窃盗保証保険などがあり物が戻ってくるか
どちらかの救済があれば誰も困らないだろう。
土地が盗まれたとする。どんなことがあって土地が盗まれるのか、経験のないオレにはわからない。
情報漏えいから土地が盗まれたり、競売相手になって先に買われたとする。
その場所が本当に必要だったのだろうか?どんな利益のためのその場所だったのだろうか?
手放してしまった土地の代償は大きなものかもしれない。
土地を取り返すことはできるのだろうか?
昔ならばおそらく、略奪戦争をすることで解決するのだろう。
奪われたならば奪い返せと言わんばかりに
「窃盗」には「窃盗」、「犯罪」には「犯罪」、「殺人」には「殺人」だ。
これが当たり前だった時代があったわけだが・・・・今でもそこら中であるわけだが。
売買契約は堅い絆なのだろうか?
どうすれば売買契約の過ちを救済してくれるのだろう?
弁護士さんよ。司法省よ。
資産の救済方法をもっと作ってくださいよ。
そうすれば、我々は情報漏えいを恐れなくなるのだから
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